
美容院「アティフェ リミックス」まで10m
→入居者に限り毎回割引価格にてご利用いただけます。
サークルKまで25m
スーパー「三心」まで車で5分
北大垣駅まで車で5分、徒歩12分
大垣北小学校まで車で3分、徒歩26分
宇留生幼稚園まで車で2分、徒歩23分
笠木町公民館(避難所)まで徒歩10分
病院「沼口医院」まで車で10分
西沖公園(三心横)徒歩15分
お勝山ふれあいセンター

市橋城
池尻城
曽根城
北方城
楽田城跡
加賀野城
お茶屋屋敷跡
赤坂ボタン園
大垣市歴史民族資料館
大垣市郷土館
- 「歴史の町」大垣といえば大垣城がありますが、実は他にも古城が24箇所もあるのです。
今では跡形もなくなっているお城、石碑だけのお城などいろいろですが、これだけの城跡があるのはなぜでしょうか?その一部を少しご紹介させていただきます。 -
応仁・文明の乱の前後頃から、足利将軍家の家督争いに加えて細川・山名氏など管領職をはじめ中央政府の各実力者たちの勢力争いから、果ては地方の有力者にまで波及して争乱が繰り広げられていました。
土一揆、一向一揆などが頻繁に起き、美濃においても、守護の土岐氏や、守護代の斉藤氏が全盛を誇り、大きく実力を発揮して、ほとんど美濃の国内を支配していました。 -
大垣地方でも、東大寺領の大井荘内にたくさんの妨害・錯乱が起こり、のちには実力ある武士たちの所領に帰してゆく、またそのような時代傾向の中で武士たちが相争い勢力の拡大をねらって生きるか死ぬか、闘争するのでした。
さらに隣国の尾張から織田氏が美濃を狙ってくる、近江、越前からも浅井・朝倉、また六角氏など有力大名が侵入してくるといった繰り返しに、西美濃の武士たちの、それらに対抗し生き延びるため、互いにその拠点としての城をこの地に多く築いたのでした。
- 史跡の中といえば、江戸と京を結ぶ中山道の宿場町として栄えた赤坂の町に、昔、徳川家康が街道整備をして、上洛の往復に利用するため将軍専用の旅舎(休泊所)を設けた、お茶屋屋敷があります。
- 今では、個人の所有となり、土塁や空壕の一部が現存し、跡内には数多くのぼたんが植えられ、通称「赤坂ぼたん園」としてぼたん開花時期公開されています。開花期は4月の下旬~5月初旬ころです。
- 一度是非、散策しみてはいかがですか。
- 詳細は『赤坂商工会ホームページ』をご覧下さい。
- http://www.akasaka-ogaki.jp/kankou/kan_22.html







